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2018 Dec

17

Mon

セミナーレポート

経営者のビジョンを実現するNo.2という存在とは?
~ CFOから副社長へ その信念と情熱を語り合う! ~

経営者のビジョンを実現するNo.2という存在とは?
~ CFOから副社長へ その信念と情熱を語り合う! ~

永田暁彦氏株式会社ユーグレナ取締役副社長&山崎大祐氏株式会社マザーハウス取締役副社長&小沼大地氏NPO法人クロスフィールズ 共同創業者・代表理事

第2部 パネルディスカッション ダイジェスト

小沼
お二人の現職への入社を決める上での悩み、そして決め手を教えてください。
山崎
最初は入るつもりなかったんですよね。学生の時から、辞めたらバイクでアジアを横断する旅に出ると決めていたので、バイクのメンテナンスをしている間にマザーハウスのお手伝いをしていたぐらいで。マザーハウスを取るか、バイクを取るかどうかでかなり悩みました・・・。
小沼
悩んだのはそこですか(笑)。ゴールドマンサックスでずっとやっていくという考えは無かった?
山崎
まったく無かったですね。辞める数年前にヘッドハントの話があったことがあって、そのときは会社に「グローバルで仕事させてくれたら残ります」、とデカいこと言ったら香港に行かせてくれたんですよ。ただ実際香港で働いてみてもあまり納得感が無かったので、自分としては残る選択肢は無かったですね。仕事の条件面の話ではなく、僕の中ではゴールドマンのエコノミストは向いてる仕事だけど好きな仕事じゃない、と思ったんです。この仕事を通して何を自己実現したいのか?が描けなかったので。それで自分の足でアジアを横断しようと思ったんですよね。ただ、山口(編集注:マザーハウス代表の山口絵理子氏)と仕事をしてみると本当に楽しくて、世界を変えられるかもと本気で感じました。
小沼
とは言え、ジョインする時に不安要素とかは無かったんですか?
山崎
まったく不安は無かったです。端的に言うとアホだったんだと思います(笑)。リスクを計算できるほど、当時は何もわかっていなかったんでしょうね。
小沼
なるほど、私はこのお話が今日参加されている皆さんの参考になるのかが不安ですが・・・(笑)。永田さんにもお聞きしたいのですが、当時不安は無かったですか?
永田
僕は30才まで本当に人間として魅力の無い人生を送っていたんです。30才で解脱するんですけど、それまでは流されて流されて、好きと言われたら好きと言う感じで(笑)。当時はPEファンドという仕事に飽きてしまっていて、実業をやりたいとずっと思っていたんです。ユーグレナにジョインしたのは、単純に出雲(編集注:ユーグレナ代表の出雲充氏)が好きだっただけですね。僕は自分の目で見たもの以外は信じられない性質なんで行ったことがないバングラデシュに思いを馳せることができない。ただ出雲とか経営陣が好きだから行こう、以上みたいな。
小沼
ベンチャーって目に見えないことだらけのような気もしますが。
永田
2000年代後半からベンチャーを起業する意義が変わってきて、どう儲けるかではなく、何のためにそれをやるのか?ということ必要とされる時代になってきた。ユーグレナは「何のためにそれをやるのか?」がはっきりしていてすごく選びやすかったんです。僕にとって最初からユーグレナは輝いていました。
小沼
何をもって見極めたんですか?
永田
P/Lにも表れるし、ひとつひとつの意思決定にも表れると思っています。僕は最初便利なNo.4という位置づけで、なんでも拾ういなくては困る人というポジションでした。人ってすごく変わるもので、自分がメタになれるかどうかがとても大切だと思います。ユーグレナでは、「この人たちは今言っていることが20年先も変わらない」と思えたんです。
小沼
先が見えてなくて怖いというのは無かったんですか?
永田
ダメなら辞めればいいという考えがあって、仮にダメだったらどこへでも行けるという自信はあったんですよね。自分にとって守らないといけないラインは、家族を食わせられるかどうか。自分に対して外部からオファーがあるかどうかがアセットだと思っています。リスクを取るというより、失敗しても大丈夫だと当時は思っていました。
小沼
よくわかります。むしろ今はその失敗が評価される時代になったとすら思いますね。
参画するときに一番期待していたことは何でしょうか?その通りになりましたか?
永田
リアルテックファンドですね。まさに今実現できています。VC投資をしている時代に感じていたのは圧倒的に経験者が足りていないなということでした。一方、アメリカではまったくそうではなく、アントレプレナーが回している。ユーグレナできちんと実業をやった自分が、再びファイナンスをやるというのを決めていました。
小沼
それはかなり時間が経ってから実現したことかと思いますが、ジョインした当初に期待したことはありますか?
永田
初めは出雲をニコニコさせたいというくらいですね。気持ち悪いですかね(笑)。
山崎
自分もそうです(笑)。
小沼
山崎さんは、参画時に期待していたことはありましたか?
山崎
山口を見ていて思ったのが、突破力も含めて自分の志を持っている人間にはかなわないなということでした。期待と言うと僕はそれを学びたいと思ってマザーハウスに入り、最初の数年感は色々なことを学ぶことができました。ファイナンスはできるだろうと思って来たものの、はっきり言って最初の4~5年はまったく役に立たなかったです。モデル通りになんてならないし、それより1個でも多くバッグを売ってこいという状況でしたから。ある程度会社が大きくなってからは経営者を教えるゼミを個人的にやっていまして、これは元々やりたかったことなのですが、13年自分がリアルに事業をやってきたから分かることがある。結果として脇目を振らずやってきたことが今活きているのだと思います。
小沼
ベンチャーに参画して一番ご自身が変わったことと、その背景となる出来事は?
山崎
100%「忍耐力」に尽きます。創業経営者は自分でやるのが楽しくて、知らず知らずのうちにそれをメンバーにも押し付けてしまうところがある。自分は社内でメンバーからダメ出しの集中砲火を受けたことがあるのですが、それで初めてマネジメントとして一歩を踏み出せた気がしたんですね。皆の声を聞くことが自分の仕事だ、と。それまでは自分が楽しく仕事をしていましたが、そこで変わりました。
小沼
永田さんはどうですか?
永田
僕は創業3人の役員の後から入って、今年副社長になりました。No.2になりたかったわけでもないし、最初に出雲を助けたいと思ったことの延長線上に今があるんですよね。会社にある穴を自分で埋めていくうちに、皆が自分に助けを求めるようになり、気づいたらNo.2になっていたという感じなのです。自分が変わったことと言うと、上場して90,000人もの方々が株主になっていただけて、年金やボーナスをつぎ込んでくれる人たちがいることを目の当たりにして、彼らに対しての責任を感じたときでしょうか。そして、自分自身に物欲が無いことに気づいた時、自らのキャッシュを追うということがまったく不要になりました。一生懸命熱中するというよりは、「これが人生です」みたいになれたことが大きな変化ですが、とても嬉しく幸せなことだなと感じます。
小沼
No.2として組織を運営するうえで大事にしていることは?
山崎
マザーハウスとしてのコミュニティですね。誤解を恐れずに言うと、山口はミッションにしか興味が無く、人に興味がない。ミッションに向かって純粋に突き進んでいるんです。山口からは、貴方が代表をやったほうがいいと言われることもあるのですが、それはマザーハウスとしては絶対に違うと思っています。仮に僕が経営者になっても105%くらいしか事業を伸ばせないと思うんです。ミッションを純粋に追っかける人がいて、コミュニティを考える人間がいるから大きな成長が実現できる。会社はやはり成長させないといけないと思っています。
小沼
ユーグレナも今のお話に近しいところがあると思いますが。
永田
そうですね。僕は優れた凡人でしかないと思っています。突き抜けた力を持っているのはファウンダーです。そのファウンダーの突き抜けた振り幅に皆が振り回されやすいので、組織には「お母ちゃん」的な役割が必要だなと。出雲が言っていることについて、社員の皆はよくわからないという反応をすることがあるのですが、自分は100%わかるので、それを意訳して皆に伝えるのも僕の役目だと思っています。
山崎
僕も同感です。ファウンダーは大体クレイジー(笑)。でもそのクレイジーな人を誰かが活かしていかないと社会的損失ですね。
小沼
5年後はどんな自分になっていたいですか?
山崎
僕はよく誤解されますが、実はあまり何も考えていないんですよ。個人としては、その時その時に愛情をもっていろんな人に接することができるかだと思います。僕が一番間違えることがあるとすれば、愛を失うこと。マネジメントとして、皆を愛し続けられるか。1年1年ベストなことをやり続けたいと心から思います。
永田
僕はリアルテックファンドを誰かに譲ってでも、とにかくユーグレナを大きくしたいと思っています。経営者として自分と組織が最高に融合できている状態をどれだけ続けられるかだと思います。